■ PCR検査と陽性的中率  検査前確率2020 4 22

コロナウイルスの検査として、PCR検査は誰でも聞いたことがある検査名になりました
PCR検査に使われる技術は、ノーベル賞を取っており、科学史上画期的な技術です。
詳細はインターネットでいくらでも調べることができますが、一般の方にはなかなか理解しがたい部分があると思います
それは遺伝子の知識が基礎にないといけないからです

それはともかく医療で使われるどんな検査にも共通することですが、感度と特異性ということも理解していないと検査結果に振り回されることになります
感度とは病気の人が誤って陰性と出ない可能性を示し、、特異性とは、病気でない人を誤って陽性としない可能性を示します

PCR検査は現在感度50%、特異性90%くらいといわれています
ですから検査が陰性でも実は感染している人がかなりいる可能性があります
陰性の場合は感染していない可能性が高いといえます

ここで大切なのは検査前確率という概念です
やみくもに検査を行っても、検査が陽性に出た人の中で本当に感染している割合を占めす陽性的中率がひくくなってしまいます
検査の前に問診や診察を行って、陽性の疑いが高い人に絞り込んでから検査をしないとどんどん陽性的中率が低くなり、陽性と出ても実は感染していない人の割合が増えてしまいます

これを「検査の罠」といってもよいでしょう
これには医者もときどき騙されます


査後確率は0.036%、それでもスクリーニングPCRやりますか? 2020/06/22




3都市抗体検査の示すもの




森井大一(大阪大学感染制御学)




検査前確率 有病率

検査後確率 陽性の場合:
検査で陽性となった人の中で本当に疾患を持つ割合
陰性の場合:
検査で陰性となった人の中で本当に疾患を持つ割合









 6月16日、厚生労働省は、東京、大阪、宮城でそれぞれ実施した抗体保有率の検査結果を発表した。これによると、東京は0.1%、大阪は0.17%、そして宮城は0.03%であった。検査が行われた6月初旬の東京の累積確定感染者数は5250人程度で、これは東京都の人口1400万人の0.0375%に相当する。つまり、PCR検査によって確定した感染者の2.67倍(=0.1/0.0375)が実際の感染者であったということだ。筆者は、確定数の10倍から100倍ぐらいの潜在的感染者数を予測していたので、意外と少なかったという印象を持った。




抗体検査という既感染のデータから有病率という現時点の感染者数を知る

 抗体検査は既感染(過去の感染)の有無を調べる検査です。このデータを手掛かりに、現在の感染者数(有病率)を大まかに知ることができます。PCR検査(最近では抗原検査によるものも含まれますが)による確定感染者数のある時点までの累積で、例えば「東京では6月までで5000人の感染者がいました」と言う時に、「いや、それPCRでわかった分だけだからね、ほんとはもっといたはずだよ」というツッコミが必ず入ります。それに対してこれまでは、見つかっている数の10倍はいるんじゃないか、いや100倍でしょう、といったようなあてずっぽうの議論をするしかありませんでした。これはいわゆる「氷山の一角」問題とも言うべきもので、海面の上に5000人という数が見えているときに、海面の下の氷ははたして見えている分の何倍あるのか?という問いです。抗体検査により、東京では0.1%が既に感染していたことがひとまず分かり、これはPCR検査で確定した分の2.67倍でした。つまり氷全体の大きさは2.67倍しかなかったことになります。とにもかくにも実際の感染者数が、確定数の2.67倍ですから、ある日に見つかった患者数の2.67倍が感染者として本当はいる可能性があるという話になります。もちろん、PCR検査の体制は3月と5月でだいぶ変わり、時間が経つほど充実した体制になりました。現在見逃されている割合は、3月よりもずっと少ないと考えられます。この計算方法は見逃す割合が2月も3月も4月も5月もずっと同じだと仮定しているので、現在の有病率を計算する時には、実際よりも多い潜在的感染者数を見積もってしまうことになります。しかし、議論を保守的に進めるためには、多少多く見積もるぐらいでちょうどいいと思っています。


 この抗体検査の結果をもとに、6月中旬時点での有病率を計算してみよう。実際の感染者数は、最初に見たように確定感染者数の0.1/0.0375=2.67倍と計算できる。東京都の6月16日の確認感染者数は27人であったので、6月中旬現在45人(27人の2.67倍ー27人)程度の感染者が東京都内に確認されずに潜在しているということになる。有病率に直すと0.0005%となる。同じ計算を大阪(一日の発生数が一人であるとして)でやると有病率は0.000095%となるので、人口当たりでみると東京は大阪よりも5倍程度の流行が原稿執筆時点の6月中旬には起こっていることになる。

 大規模な調査の結果が出てきたので、これを基に改めて無症候者へのPCR検査の是非を考え直したい。その前提としてPCR検査の感度と特異度を整理しておく必要がある。PCR検査の感度がたかだか7割であることはすでに多くの媒体を通じて一般市民にも浸透してきたが、特異度に関する知見はこれまでかなり限られていた。2月に公開された中国中山大学の未査読論文では、PCR検査の特異度は98.8%としていたが、その後しばらく信頼性のある続報がなかった。

 4月下旬にテキサス大学から別の未査読論文が公開された。これは、すでに公開されている中国武漢の1041症例のデータを2次的に検討した研究である。CTや臨床症状からPCR検査の偽陽性及び偽陰性の可能性がある症例を抽出し、さらにその中の何割が本当の偽陽性又は偽陰性であるのかをシミュレーションして特異度を算出している。その結果、やはり98.8%を最もありうべき特異度としてはじき出している。

 また、5月中旬に発表された米国マイアミ大学の研究では、耳鼻科手術の患者に対して行われた術前スクリーニングの結果を検討している。これによると、PCR検査の特異度は97%とされた。

 これらの結果を総合すると、PCR検査の特異度は概ね90%台後半あたりだろう。5月初旬にBMJに掲載されたレビューではあてずっぽうで95%とされていたが、大きくは外れていないものの、もう少し高い特異度だったことになる。筆者の経験及び伝聞の範囲内でも、スクリーニングPCRの中から一定数の偽陽性が出ており、正確な数字は分からないものの完全な100%でないことは間違いない。

 本稿では、感度を70%、特異度を99%として以降の論を進めることとする。6月中旬現在、日本で最も流行が大きい東京を例に取ると、東京都人口1400万人のうち感染者数の見積もりは上段に見たように72人(6月16日の確認感染者数27人の2.67倍)である。仮に都民全員にPCR検査を実施できるとしても、感度は7割なので、72人中検査陽性となるのは50人となり、残りの22人は検査陰性となる。一方、非感染者1399万9928人(=1400万−72)のうち、正しく検査陰性となるのは1385万9929人(1399万9928人の99%)で、残りの13万9999人は、本当は感染者ではないのに検査陽性(つまり偽陽性)となってしまう。

 これを検査陽性という結果から見直すと、14万0049人(=50+13万9999)のうち、本当の感染者は50人ということになる。パーセントに直すと0.036%となり、これが検査後確率となる。大阪について同様に計算すると、大阪での検査後確率は0.006%となる。

 この時、陽性/陰性という検査結果のコミュニケーションにおいて重要な問題が持ちあがる。上記に示したような医師にとっては極々基本的な計算であっても、一般の患者には理解が難しいという問題である。医療者でもなければ「あなたのPCR検査の結果は陽性です」と言われれば、患者は「自分は100%コロナだ」と思ってしまうのだ。

 0.036%と100%。まったく同じ「検査陽性」と言う事実を目の前にして、その結果を説明する側の医療者は「(実際に感染している確率は)ほとんど0%」と知っている一方で(もし知らなければ国家試験の勉強からやり直した方がいい)、患者は「ほとんど100%」と受け止めてしまう。科学的事実と患者本人の認識がここまで乖離する状況を放置すること自体があまりにひどい問題ではないだろうか。

 しかし、問題はその点にとどまらない。新型コロナウイルス感染症は一回のPCR陽性で診断が確定する。そして、新型コロナウイルス感染症は指定感染症であるため、患者はそのまま隔離されることになるのだ。偽陽性の患者は症状もあるはずがないので、比較的早期に検査陰性を確認し退院することになると考えられるが、それでも患者個人にもたらされる不利益は小さくない。予定されていた手術は延期され、妊婦は帝王切開される。入院期間は言うにおよばず、「コロナで入院した」というだけで、職場復帰が遅れ、場合によっては離職せざるを得ないところまで追い込まれることさえある。偽陽性を確かめる手段がなければ、これらは全て偽陽性でも関係なく起こる。

 このような無駄かつ有害な検査は少なくとも現在のように流行が下火になっている状況では、決して行うべきではない。どうしてもやりたいというなら、せめて陽性と出た時に、確認のための検査を行うような運用にしなければならない。そうでなければ、医療者の都合で人権侵害が繰り返されることになる。

 ところが無症候者へのPCR検査がもたらす不条理は、医療の世界の外にも拡大されていくようだ。野球やサッカーなどのプロスポーツでも定期的なPCR検査が導入されると報道されている。1球団あたり100人前後(?)の検査を実施することになるので、特異度99%の検査では全く感染者がいなくても陽性者が各球団1人ずつぐらい出ることになる。そういえば某在京球団のスター選手が無症状のままPCR検査「陽性」とされたが、のちに「微陽性」という謎の言葉に変換されるという事例もあった。この言葉を造語されたとされる専門家(筆者も尊敬する本物の第一人者である)は、おそらく内心では「偽陽性」と言いたいところ、そうは言えないので苦肉の策でこの言葉をひねり出されたものと想像する。

 筆者はスポーツが日常の暮らしにあることを切実に望む者(見る専門)だが、同じように真剣勝負のスポーツを愛する全ての人に一緒に考えていただきたいことがある。もし、重要なゲームで(例えば野球の日本シリーズ)で、どちらか(又は両方)のチームの主力選手に偽陽性が出たら、そのゲームは公正と言えるだろうか。これを回避する技術的な方法は、陽性となった検体については確認のために再度検査を行うことであるが、再度検査するまでの検体の保存にかかる手間も含めて費用は膨らむことになる。定期的PCR検査を強制するのであれば、その費用も込みで考えなくてはならない(NPBやJリーグがそこをケチるとは思えないが、資金力の劣る他のスポーツでも同じことをする時には切実な問題になる可能性がある)。

 しかしそれでも2回連続偽陽性が出る可能性もなくはない。特異度を99%とすると、真の非感染者の偽陽性率は1%である。これが2回続くのは、1%の1%だから1万回に1回という程度の頻度になる。選手・スタッフ100人チームが12チームあるとして、一斉検査を8ラウンドやれば「偽陽性の確認検査でも偽陽性」と言うまれなことが起こる計算になる。これは、野球だけでなくサッカーも合わせて考えれば、年に1人ぐらいに起こる頻度だ。個人単位で見れば運が悪いとしか言いようがないが、スポーツ界全体として見れば「必発」であることが分かる(これをさらに100分の1に抑えるには3回目の確認検査をすればいいのだが、2回陽性の時点でおそらく確定されてしまうだろう)。

 また、そのような計算とは全く別問題として、無症状であるのに試合への出場を阻まれることを避けたいと考える選手がいても不思議ではない。その時、より確実に陰性の結果を得るために、検体採取を故意に不十分な手法で行うことも十分に考えられる。例えば唾液を検体とする場合に、十分な時間をかけて唾液を採取するのではなく「ツバをペッと出す」ことでわざと感度の低い検体にすることができる。さらにはもっと極端に、水で薄めることも考えられなくはない。このような行為は果たして「不正」だろうか?筆者は、元々の検査に道理がないのにこのような行為を責める気にはとてもなれない。筆者はむしろ、「正当な自衛」と呼びたい。

 PCRに限らず全ての検査がそうだが、検査の目的は「検査後確率」を知ることにある。検査前確率、感度、特異度を踏まえて検査後確率を考えるのは、臨床推論の最も初歩的な知識である。それを知らない医者はいない。検査で陽性となっても検査後確率が0.1%未満の検査にはそのままでは意味がない。この検査に意味を持たせることができるのは、検査をする前にいかに効率よく対象を絞り込むかである。それこそが、医者が医者たる存在理由である。このことを放棄すれば医者の価値がなくなってしまう。検査前確率の低い患者(すなわち接触歴のない無症候者)への一律のPCR検査は、単に検査(とそのコスト)の無駄遣いであるばかりでなく、患者に著しい不利益をもたらす可能性が極めて高い行為であることを全ての医者が思い出さなければならない。