■ MMRワクチンと自閉症の因果関係を検証するには







MMRワクチンと自閉症の因果関係を考えるときに参考になります




アピタル・酒井健司

2018年12月10日06時00分












 前回まで取り上げてきたMMRワクチンが、自閉症(自閉症スペクトラム障害)と因果関係があるかどうかを検証したいとしましょう。ワクチン接種後に自閉症を発症した例をたくさん集めて、それぞれの症例を詳しく調べてみても因果関係はわかりません。ワクチンとは無関係に自閉症を発症する例がいくらでもあるからです。

 MMRワクチンの集団接種開始の前後で自閉症の発症率を比較するのは、それほど手間がかからない方法です。ある国で、ワクチンの集団接種が開始されたとたんに自閉症の発症率が増加すれば、ワクチンが自閉症の原因であるかもしれない、というぐらいは言えます。ただ、決定的な証拠とはほど遠いです。

 なぜなら、自閉症の発症に関係する要因はワクチン以外にもいくらでもあるからです。とくに自閉症については、病気の理解が進んで積極的に診断されるようになったことが診断数の増加につながっています。ワクチンのせいで自閉症が増加したのか、それとも時代とともに診断につながる事例が増えたのか、前後比較だけでは区別が困難です。

 A国・B国・C国でそれぞれ違う年代にMMRワクチンが導入され、それぞれの国でワクチン接種に伴って自閉症が増えていれば、これはだいぶ因果関係があることを示していると言えます。しかし実際には逆に、日本においてMMRワクチンの集団接種が中止されて単独接種が行われていた時代にも自閉症が増加しており、自閉症の増加はワクチン以外に原因があることが示唆されました。こうした疑問点の指摘にウェイクフィールド監督からの回答がなかったことが、映画「MMRワクチン告発」の公開中止理由の一つです。

 前後比較ではなく、同時代のワクチンを接種した集団と接種しなかった集団を比較すれば、時代の変化に伴う他の要因の影響を受けません。ランダムに接種群と非接種群に分ければ、ワクチン接種以外の要因の影響を厳密に取り除けます。ランダム化比較試験といって、新薬の効果を評価するときによく使われる手法です。しかし、非接種群に振り分けられる人が不利益を被るという倫理的な問題や、まれな副作用を検出しようとすれば試験対象の数が大きくなりすぎることから、MMRワクチンと自閉症の関係を調べるのに不向きです。

 ランダムに接種群と非接種群を分けるのではなく、自発的に接種した群と接種しなかった群を長期間観察して自閉症がどれぐらい発症したかを比べるという手法があります。コホート研究といいます。たとえば、デンマークにおいて50万人以上もの子どもを対象に、ワクチン接種群と非接種群を比較して、自閉症の発症率に統計学的に有意な差がなかったことが示されています。デンマークにはすべての子どもについてワクチン接種歴や自閉症の診断の情報が利用できる住民登録システムがあるためこういう研究が可能でした。

 厳密に言えば、自発的にワクチンを接種した群と接種しなかった群は、ワクチン接種歴以外のさまざまな要因が異なります。ワクチンを接種しなかったのは、ワクチン接種前から健康に不安があったのかもしれませんし、親が忙しくてワクチン接種に連れて行く時間がなかったかもしれませんし、ワクチンに害があると信じてワクチンを拒否したのかもしれません。こうした要因の影響は可能な限り取り除かれていますが、影響がゼロという保証はありません。

 前回、「現在ではほぼ結論が出ています」と私は書きました。「ほぼ」というのは、上記のような、ごく一部に不確実な部分があるからです。完全に100%因果関係を否定することは原理的に不可能です。これはMMRワクチンと自閉症に限らず、ほかのすべての医療について同じことが言えます。医療は不確実なのです。ただ、MMRワクチンと自閉症の間に因果関係が仮にあったとしてもきわめて弱い、とは言えます。強い因果関係があったらなら各研究で検出されるはずです。MMRワクチンがもたらす利益のほうがずっと確実でかつ大きいため、ワクチンは推奨されています。

 ※参考:Madsen KM et al., A population-based study of measles, mumps, and rubella vaccination and autism., N Engl J Med. 2002 Nov 7;347(19):1477-82.