■ 生存者バイアス

疑似科学にも利用される「体験談」による情報操作法です




はしかの正しい怖がり方

アピタル・酒井健司

2018年5月14日06時00分



 麻疹(はしか)が流行しています。今年になってすでに百数十人の感染者が出ています。麻疹はワクチンで予防できますが、たまに「私の世代はワクチンなんか接種せず、子どものころに自然に感染していた。ワクチンなんか接種しなくても大丈夫ではないか」という意見を聞きます。

 もちろん、麻疹に感染しても一過性の発熱と発疹のみで治癒して免疫がついた人も多くいるでしょう。「はしかのようなもの」という慣用句があるぐらいで、たいしたことがないという誤解があっても仕方がありません。しかし、実際には、麻疹は肺炎や中耳炎や脳炎といった重篤な合併症を引き起こし、ときには死亡することもある恐ろしい疾患です。日本でもかつては年間に何千人も麻疹で亡くなっていた時代がありました。

 死んでしまった人は話すことができませんので、体験談だけに頼ると「自分は大丈夫だった」という話が多くなり、危険を過小評価することにつながります。典型的なのが喫煙です。タバコを止めようとしない人の主張の一つに、「今までずっとタバコを吸ってきたけど自分は大丈夫だった」というものがあります。今のところは健康な喫煙者もいる一方で、肺がんになって亡くなった喫煙者もたくさんいたのですが、死んでしまった人は体験談を語れません。タバコを吸うにしても、自分の限られた経験だけで考えるのではなく、危険性を十分に理解した上で吸っていただきたいと思います(できれば禁煙していただきたいですが)。

 医学以外の分野でも同じような話はあります。成功した経営者が「私の若いころは休みなく働いたものだ。それでも過労死はしなかったし、懸命に働いたからこそ今の成功がある」などと言います。しかし、働き過ぎで体を壊した人は成功者にはなれません。休みなく働いても誰でも大丈夫というわけではありませんが、成功者の体験からはわからないのです。成功した経営者は並外れた努力をなさったのでしょう。しかし、他の人に休みのない働き方を強制してはいけません。

 こうした、生き残った人の体験談を重視することで生じるような誤りは「生存者バイアス」と呼ばれています。生存者バイアスを避けるには全体を観察する必要があります。麻疹の例だと、麻疹にかかって生き残った人だけではなく、麻疹にかかった人全体を観察します。

 麻疹の危険性についてはこれまでの調査でわかっており、そうした調査の結果に基づいて医師はワクチンを勧めているのです。数字だけでは説得力に欠けるので「麻疹で脳炎になったり死亡したりした事例」もあわせて紹介することもありますが、事例だけで特定の医療行為を勧めることは基本的にはしません。

 麻疹の予防にはワクチンがきわめて効果的であることも各種調査でわかっています。定期接種の対象者(1歳児と小学校入学前の幼児の2回)、麻疹にかかったことがなくワクチンを接種したことのない人は、ぜひともワクチンを接種してください。ワクチンを1回しか接種したことにない人も、2回目の接種を検討してもよいです。私は5年ほど前に2回目のワクチン(麻疹・風疹混合ワクチン)を接種しています。