■ エキノコックス症

宮崎大・丸山治彦氏に聞く―Vol. 4

時流2022年5月30日 (月)配信 一般内科疾患感染症
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宮崎大学の丸山治彦氏

 近年、衛生環境の向上により国内での寄生虫症の報告は減少し、臨床医が寄生虫症に遭遇する機会も少なくなった。しかし、日本において寄生虫症が完全になくなったわけではない。日本寄生虫学会理事長も務める宮崎大学寄生虫学教室教授の丸山治彦氏に、日本における寄生虫症について語ってもらうシリーズ【時流◆寄生虫のはなし】、第4回はエキノコックス症、アニサキス症について。(聞き手・まとめ:m3.com編集部・末冨聡/2022年3月15日取材、全6回連載)

前回の記事 『二大寄生虫性肺炎――肺吸虫症、トキソカラ症』
エキノコックス症
愛知県知多半島でのイヌの感染例
――愛知県のイヌからエキノコックスが検出されているそうですね。

本州では、2005年に埼玉県で初めてイヌの感染例が出ました。その後、2014年に愛知県の知多半島で2例目のイヌの感染例が見つかり、その後、知多半島で断続的に感染例の発見が続いています。知多半島では、現在までに10例程度のイヌの感染例が確認されていて、知多半島にエキノコックスが定着しているのではないかといわれています。

 寄生虫の生活環において有性生殖が行われる宿主を終宿主と呼びますが、エキノコックス(図1)の終宿主はキツネやイヌで、中間宿主はネズミです。イヌやキツネはエキノコックスに感染しても平気なのですが、ネズミが感染すると酷いことになります。その弱ったネズミをキツネやイヌが食べるという流れでエキノコックスは生活環を回しています。エキノコックス症に関しては、ヒトもネズミと同じ中間宿主の立場なので、酷い目に遭います。


図1 エキノコックス症
A:エキノコックス成虫[佐々木瑞希氏(旭川医科大学寄生虫学)提供]
B:エキノコックス幼虫[佐々木瑞希氏(旭川医科大学寄生虫学)提供]
C:CT画像[神山俊哉氏(北海道大学消化器外科T)提供]
D:手術標本[神山俊哉氏(北海道大学消化器外科T)提供]

中間宿主には厳しく接する寄生虫
――最終的な宿主ではないから、ネズミや人間に対して悪さをするということですか。

 そう考えてよいと思います。終宿主に寄生した寄生虫は宿主の中で交尾をして、ばんばん産卵します。交尾して産卵するということは、寄生虫としても終宿主は元気でいてくれた方が都合が良いわけです。

 しかし中間宿主に寄生している場合、終宿主に到達するためには、その中間宿主が終宿主に食べられる必要があります。寄生虫にとって、中間宿主は終宿主に食べられやすいように弱った方がよいわけです。

 つまり、寄生虫は終宿主には割と穏やかに接してくれますが、中間宿主に対しては、情け容赦がなく「死んで上等」というような厳しい接し方をしてきます。

これまで北海道から広がらなかった理由
――なぜ、北海道からこれまで広がらなかったエキノコックスが、急に愛知県で広がったのでしょうか。

 なぜ愛知県で広がったかは分かりません。しかし聞くところによると、知多半島では野犬が多いらしいので、それが理由の一つかなと推測しています。ただ、これはあくまで推測です。

 これまで北海道から広がらなかった理由として、海で隔てられているという地理的な要因は大きいと思います。もう一つの要因としては、北海道と本州に生息しているネズミの種類の違いが関係していると考えられます。

 仮にエキノコックスに感染したイヌが本州に入ってきたとしても、エキノコックスが広がるためには、イヌからネズミに感染し、感染したネズミをまたイヌが食べて、というようにエキノコックスの生活環が回る必要があります。

 エキノコックスとしても、ネズミであれば何でも良いというわけではないようです。北海道にはエゾヤチネズミ(図2、3)というネズミがいて、エキノコックスの生活環が効率良く回るようなのです。エゾヤチネズミと同じように、ドブネズミやクマネズミでエキノコックスの生活環が回るかは疑問です。


図2 エゾヤチネズミ
[八木欣平氏(北海道大学寄生虫学)提供]


図3 エゾヤチネズミの肝臓に寄生するエキノコックス幼虫
[佐々木瑞希氏(旭川医科大学寄生虫学)提供]

 現在、愛知県では調査範囲を広げて知多半島の隣接地域も含めてPCR法を用いたイヌの便検査をしていますが、2021年4月以降は検出されていないようです。今後どうなるか、しばらく注意深く見ていきたいと思います。

アニサキス症――よく噛めば大丈夫?
――アニサキスは「よく噛めば大丈夫」と聞くこともありますが、実際どうなのでしょうか。

 確かにメディアなどで時々耳にしますね。ただ、アニサキスは触った感じがかなり硬いので、噛んだらかなり硬いと思いますよ。実際に噛んだ経験はないですが、噛んだらたぶん「コリッ」というくらい、硬いと思います。

――噛んだら「コリッ」なのですか。

 アニサキスは相当すりつぶさないとちぎれません。刺身をそんなに徹底的に噛む食べ方はしないですよね。「よく噛む」と言っても、一般に想像するレベルより相当噛まないとダメだと思います。

――噛んでちぎれたらアニサキスは死んで、感染することはないですか?

 半分に噛みきれば死ぬので感染することはありません。あの見た目だと再生しそうなイメージを持つかも知れませんが、再生はしないので安心してください。

 アニサキスはサバ、サケ、サンマ、イカについているとよくいわれますが、イカは意外と少なくて、サバでの感染例が多く報告されています(図4)。


図4 アニサキス症
A:胃アニサキス症内視鏡像[石川直人氏(宮崎市・石川クリニック)提供]
B:腸アニサキス症CT画像(空腸遠位側から回腸近位側にかけて限局性の粘膜下浮腫があり、その口側の回腸近位側から空腸にかけてfluid filled dilatationを認める。ダグラス窩に腹水貯留あり)[中村(内山)ふくみ氏(東京都保健医療公社荏原病院当時)提供]

 アニサキスは主に内臓表面に寄生していますが、鮮度の低下や時間経過とともに、可食部である筋肉へ移動します。つまり、内臓と筋肉の間のおいしいところ、ハラミの部分にいることが多いのです。だから、アニサキスに関しては「諦めてください」と言うしかありません。

 アニサキスは極端な話、放っておいても胃の中で死んでしまうので、たいていは何てことありません。アニサキスはどんなに頑張っても数日以内に死ぬので、我慢していれば勝手に治ります。ただし、ごくまれに腸管を破り腹膜炎になる可能性もあるので、もちろん腹痛がひどいときは受診した方がよいですが、基本的に怖い病気ではありません。