■ 辛味を感知するレセプターを発見


2021年のノーベル医学・生理学賞は、温感や触感などのレセプターに関する研究で業績をあげた米カリフォルニア大サンフランシスコ校教授のデービッド・ジュリアス先生らが受賞しました1)。

彼らは、酸、熱などの侵害刺激を受容するイオンチャネル型受容体、なかでもTRPV (Transient Receptor Potential channels, Vanilloid subtype)を研究しています。TRPVには6つのサブタイプがあります。その1つであるTRPV1と呼ばれる受容体に、カプサイシンが持つバニリル基が結合すると感覚神経が興奮し、交感神経系が活性化されます。これを我々は辛味や痛み、ときには灼熱感として感知します。

TRPV1は口腔内だけではなく、気管支や消化管全体に存在し、気管支が強く刺激されると気管支収縮により息切れや咳を生じます。また、肛門周囲にもTRPV1受容体が多く存在します。辛い物を食べた翌朝にはトイレでひどい目に合う羽目になるのは、そのためです。

カプサイシンの功罪
カプサイシンによる刺激が繰り返されると、TRPV1を介して細胞内に流入したカルシウムイオンによってTRPV1が脱感作され、感覚神経が麻痺し、辛みや痛みを感じにくくなります。この作用を利用したのが、カプサイシンを含む温湿布やクリーム剤の外用鎮痛薬です。
 難治性の帯状疱疹による疼痛に、カプサイシン含有の軟膏を使うことで改善したといった報告が散見されます2)、3)。

またカプサイシンは、乳がん細胞のアポトーシスを引き起こし、抗腫瘍作用を有することもわかっています4)。

さらに、カプサイシンを経口摂取することで、基礎代謝が上昇することがわかっており、肥満解消を目的としたサプリメントなどに多用されています。

脳心血管系に悪い影響を与えることも
その一方で、カプサイシンが体に悪影響を及ぼすとする研究も数多くみられます。

例えば、トルコの25歳男性のケースで、胸痛を訴え、トロポニン上昇と心電図異常がみられ、心筋梗塞と診断されました。しかし、冠動脈造影では器質的な変化は全くみられず、後にその原因に、ダイエットのために多量に摂取した唐辛子サプリが疑われたというケースが報告されています5)。

また、腰痛のためにカプサイシンのパップ剤を貼っていた29歳男性が心筋虚血を来し、緊急でカテーテル検査を行ったところ冠動脈に異常はみられず、パップ剤を中止したところ症状が軽快したという報告もあります6)。

ほかにも、コンテストに出場し大量の唐辛子を食べた後に、脳の動脈の一部が収縮する可逆性脳血管攣縮症候群(RCSV)と診断された34歳男性のケース7)など、カプサイシンが心臓や脳の血管の攣縮を誘導したと示唆される症例は、世界中で報告されています。

催涙スプレーの成分にもカプサイシンが
海外では政府関係者や警察、軍隊などが暴徒鎮圧用の目的で催涙スプレーを身に着けていますが、その主成分の多くはカプサイシンです。比較的安全な成分とされているものの、皮膚や目などには刺激性があり、角膜潰瘍を起こすこともあります。

カプサイシン含有スプレーの使用と拘留中の突然死との関連性も指摘されています8)。
 他の死因が否定された突然死で、カプサイシン含有の暴動鎮圧剤(RCA)が使用された10例を評価したところ、3例はRCAが唯一の死因であり、3例ではRCAへの曝露後の窒息または喘息による二次死因、4例ではRCAが死亡に関与していたという報告があります。10例中、7例はカプサイシンが主成分のRCAが使用されていました9)。
 カプサイシン含有スプレーをかけられた患者さんが運ばれてきたときには、喘息などを含め突然死といった事態にも留意する必要がありそうです。

催涙スプレーはラッシーで洗い流す?
私が勤務する岡山大学病院にも、催涙スプレーをかけられた患者さんが、私が知る限りで2人搬送されてきています。こんなとき、我々救急医はどうしたらよいのでしょうか。

顔にカプサイシンを塗った後、水酸化マグネシウムと水酸化アルミニウムの混合ゲルの制酸薬、2%リドカインゲル、ベビーシャンプー、ミルク、水道水で洗い流し、その後の痛みの変化をそれぞれ調べた研究があります。
 結果は、どれも一定の効果がありましたが、劇的に症状を改善したものはありませんでした10)。

頭や首、顔にカプサイシンスプレーを噴霧し、ベビーシャンプーで洗い流すといった、いかにもつらそうな実験もありますが、こちらも流水で洗うのと、その後の痛みに差はありませんでした11)。

インド料理でラッシーが出てくるのは、カプサイシンを洗い流すためとする“都市伝説”があります。カプサイシンは脂溶性で水に溶けないため、辛い食べ物で口の中が燃えているときは水を飲んでも無駄だから、とされています。
 しかし、今回のノーベル賞の受賞でわかるように、カプサイシンのレセプターの働きは非常に複雑です。「脂溶性だから」という単純なものではなさそうです。一旦、カプサイシンに暴露したら、その解決には有効な手立てがないのが現状であり、時間のみが解決するといえそうです。

最後に、膣の痛みを訴えて救急外来に駆け込んだ22歳女性に関する海外の報告を紹介しておきましょう。
 その女性は、バッグの中に入れていた催涙スプレーが漏れて生理用品に付着したことに気づかず、生理用品を挿入。すぐに膣粘膜の激しい灼熱感を覚えたため、生理用品を取り外しましたが症状は軽減されず、救急外来に駆け込んだようです12)。この報告は、「An Uncommon Exposure and Unusual Treatment」というタイトルが付けられています。
 救急医療において原因検索は重要ですが、バッグに催涙スプレーが入っていないかまで確認する必要がありそうです。

文献