■ 「魅惑の赤色口紅」が原因でアナフィラキシーに


2022/05/11
小板橋律子=日経メディカル
アレルギー・免疫
食物アレルギー
コチニール色素
化粧品
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 「茶のしずく石鹸」による食物アレルギーを覚えているだろうか。約10年前、加水分解小麦を含有する同製品使用後に小麦摂取でアナフィラキシーを来した患者が相次ぎ、社会問題になった。既に、原因となった加水分解小麦を含有する化粧品は市場から姿を消しているが、現在も化粧品に含まれる成分が原因で生じる食物アレルギーは存在する。その一つが赤色色素(コチニール)による食物アレルギーだ。患者数はさほど報告されていないものの、水面下での感作を危惧する声がある。


コチニール色素による食物アレルギーについて、「成人女性で後発的に発症した食物アレルギーの原因としてメジャーなものの一つと考えている」と語る藤田医科大学ばんたね病院の矢上晶子氏。

 アナフィラキシーを生じて救急搬送された成人女性。原因物質を突き止めるべく問診したところ、「お饅頭を食べた」と言う。そこで、「そのお饅頭は赤くなかったか?」と聞くと「赤かった」との答えが返ってきた。こんな成人女性で強く疑いたいのが、赤色色素(コチニール色素など)による食物アレルギーだ。

 コチニール色素による食物アレルギーは、化粧品が感作源となるため、患者のほぼ全員が成人女性だ。コチニール色素を含む口紅やアイシャドー、頬紅などで経皮感作が成立した後、同じ色素を含む加工食品を摂取して症状を生じる。

 現在、年間数例の報告があり、その大半がアナフィラキシーを生じて救急搬送されている。報告患者数は少ないが、「感作が成立した潜在患者は予想以上に多い可能性があり、成人女性で後発的に発症した食物アレルギーの原因としてメジャーなものの一つと考えている」と藤田医科大学ばんたね病院総合アレルギー科教授の矢上晶子氏は語る。

 冒頭の症例は、矢上氏らが経験した症例。矢上氏は「コチニール色素による食物アレルギーが念頭になければ見逃してしまうため、女性が原因不明のアナフィラキシーを生じて救急搬送された際は、食物アレルギーの原因として“もしかして”と疑うべき成分だろう」と話す。

コチニールカイガラムシ由来の赤色色素

写真1 コチニールカイガラムシの雌
Photo by Vahe Martirosyan on www.flickr.com/photos/vahemart/28815009184


写真2 コチニールカイガラムシは赤色色素を豊富に含む
Photo by Rebecca Hale, National Geographic

 コチニール色素は、南米のサボテンに生息するエンジムシ(別名コチニールカイガラムシ、写真1、2)の雌に由来する色素だ。何世紀も前から使用されており、アステカの人々が薬や化粧品、織物、さらに料理にも利用していたものが、スペインの侵略時に欧米に広まった。

 コチニールカイガラムシから抽出した赤色色素がコチニール色素と呼ばれ、その中には、色素成分であるカルミン酸だけでなく、虫由来の蛋白質などが含まれる。カルミン酸は水溶性が高いため、そのままでは化粧品などに使いにくく、アルミニウムやカルシウムに反応させて不溶化させたのがカルミンだ。

 カルミンにも虫由来の蛋白質が入っており、コチニール色素よりもカルミンの方がその濃度は10倍ほど高い。コチニール色素の蛋白成分は2.2%以下だが、カルミンでは25%以下との報告がある。色素本体がアレルギーを生じることは極めてまれで、コチニールアレルギーの原因のほぼ全てが虫由来の蛋白質だ。

 コチニール色素によるアナフィラキシーは以前から知られており、厚生労働省は、2012年5月に「コチニール等を含有する医薬品、医薬部外品及び化粧品への成分表示等について」を出し、表示を義務化した。同時に、消費者庁も文書による注意喚起を行っている(コチニール色素に関する注意喚起)。


「コチニール色素を使用する食品は意外と多く、気付かないうちに摂取している」と話す藤田医科大の中村政志氏。

 しかし、現在も使用の制限はなされていない状況だ。矢上氏とともに、全国の医療機関との共同研究としてコチニール色素よる食物アレルギーの現状を調査している藤田医科大学医学部アレルギー疾患対策医療学客員准教授で、ホーユー総合研究所シニアサイエンティストの中村政志氏は、「国内では、医薬品、医薬部外品、化粧品では、業界団体での自主規制を含め、使用制限はないのが現状」と言う。食品では、カルミンやカルミン関連物質は使用できないが、コチニール色素であれば使用制限はない。また、カルミンが食品添加物として使用されている国もあり、輸入食品やお土産などの摂取で発症するケースもある。

 中村氏は「スーパーマーケットやコンビニエンスストアなどで陳列されている赤色の食品、ハムやウインナー、イチゴ牛乳など、現在もコチニール色素が使われている食品は意外と多く、気付かないうちに摂取している」と語る。とはいえ、「同じイチゴ牛乳でもコチニール色素を含むものと含まないものがある」とも付け加える。矢上氏も、「以前はリキュールのカンパリに含まれるのが有名だったが、最近はコチニール色素を含まない製品が売られている」と話す。業界としての自主規制はないが、食品メーカーによって使用の有無は異なるようだ。

 化粧品に関して矢上氏は、「カイガラムシから抽出されたコチニール色素でないと、魅惑的な赤色が出ないと聞いている」とも言う。実際、同じメーカーの口紅でも、赤色が強い製品にはカルミン(コチニール色素など)が添加されているが、赤色が強くない製品には添加されていない。

発症機序は「茶のしずく石鹸」と同じ、唇が腫れるのが特徴
 コチニール色素による食物アレルギーの発症メカニズムは、「茶のしずく石鹸」と同じで、赤色の化粧品などに含有されるカルミン(コチニール色素など)で感作された後、同じ色素で着色された赤色の食品を食べて発症する。アレルギー反応のほとんどは虫由来の蛋白質に対して生じる。

 化粧品の使用で症状が出たものの医療機関を受診しておらず、ショックを生じて救急搬送されるケースが多い。半数は、化粧品の使用時に腫れや痒みを自覚していたが、化粧品使用時に自覚症状が皆無な例も少なくない。これまでの調査では、赤色の食品摂取でショックなどを生じた25例中で、「そういえば化粧品使用時に症状があった」と報告した患者は13例で、残り12例は、化粧品によるアレルギー症状には気付いていなかった。また、自覚症状があってもほとんどの患者は医療機関を受診していない。

 患者の臨床上の特徴としては、「茶のしずく石鹸では、まぶたがパンパンに腫れた例を多数経験したが、コチニール色素では全身に誘発されるアナフィラキシー症状や唇がタラコ様にパンパンに腫れた例が報告されている。経口摂取後の症状が、経皮感作した部位に強く表れている可能性が考えられる」と矢上氏は説明する。

 化粧品を使用する世代の女性が原因不明のアナフィラキシーで搬送された場合、「赤色の食品を食べていないか?」をまず問診し、その答えが「YES」の場合は、「コチニール色素による食物アレルギーを考え、検査を進めるとよい」(矢上氏)。大人の食物アレルギーは身近に存在し得る。まずは疑うことから始めたい。