■ ワクチンの疫学

ワクチンの疫学

ワクチンは個人の感染を防ぐばかりではありません。ワクチンを接種した個人に感染 した病原体はそこで排除されるので、もしも十分な人がワクチンを受けていれば、感染 症は流行することなく消え去ります。この効果を間接予防効果と呼びます。 ワクチンを接種したからといって完全に感染症から防がれるわけではありません。ワ クチンの予防効果を測定するにはどうしたらよいでしょうか?ワクチンとプラシーボ を用いたランダム化臨床試験を行ない、感染症の incidence を測定し下記の公式にて vaccine efficacy (VE)を求めることができます。

VE = (Iu – Iv)/Iu x 100(%)

ワクチンを接種した人にその感染症が全く発生しなければ Iv=0 となり、VE は 100% です。一方例えば Iv= Iuであったとすれば、ワクチンは全く効いていないことになりま すから、VE=0%です。

Cohort study Haemophilus Influenzae type b (HIb)vaccine が1988年から1990年にカリフォルニ ア州で生まれた乳児 61,080 を対象に 3 回に分けて接種されました(Black SB, et al. Efficacy in infancy of oligosaccharide conjugate Haemophilus Influenzae type b (HbOC) vaccine in a United States population of 61080 children. Pediatr Infect Dis J 10:97-104,1991.)。この研究ではランダム化やプラシーボを用いなかった代りに、親 がワクチンを拒否した場合をコントロールとしています。20,800 人の乳児がワクチン を受け、18,862 人の乳児がワクチン接種を拒否してコントロールとなりました。18 ヶ 月まで経過観察したところ、ワクチン接種群には HIb 感染症をみず、一方コントロー ル群には 12 人の感染症をみました。よってVEは 100%であり、Poisson method に よる 95%CIは 68%からでした。しかし、ランダム化した臨床試験ではないので、ワ クチン接種群に何らかの感染しにくい状態が偏っていたとすると、confounder として 働き、VEを過大評価することになります。例えば社会教育レベルの高い親が子供への HIb 接種を希望し、これが confounder として働いたかもしれません。

Case control study 1990 年から翌年にかけてブラジル(Sao Paulo) にて 137 人の髄膜炎菌による髄膜炎 が流行しました。1 人の患児に対して年齢と住居をマッチさせて 4 人のコントロールを 選びました(De Moraes JC, et al. Protective efficac of a serogroup B meningococcal vaccine in Sao Paulo, Brazil. Lancet 340:1074-78,1992)。コントロールの選択は単純 で、患児の家に立ち、左隣から患児にマッチする小児が 4 人みつかるまで探します。そ してみつからなければ右の方を探すといった方法を採りました。ワクチン歴が曖昧だっ た小児 19 例は除外されました。患児のうち 68 人(61%)、コントロールのうち 260 人 (64%)がワクチンを接種していました。

ワクチン なし 合計 髄膜炎 68 44 112 健康 260 149 409 合計 328 193 521
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VE = (Iu – Iv)/Iu x 100(%) = 0.1

つまり 10%程度しか有効でありませんでした。 しかしこのブラジルのケースの場合多くは 4 歳以降にワクチンを接種されており、 そ のためにVEが低かったものと推論されました。

特殊ランダム化試験 ノルウエーで髄膜炎菌に対するワクチンの臨床試験が行なわれました。ランダムに個 人個人を振り分けるのでなく 14―16 歳の小児を対象に 1,355 の学校をランダムに振り 分けました(Bjung D, et al. Effect of outer membrane vesicle vaccine against group B maningococcal disease in Norway. Lancet 338:1093-96,1991.)。それぞれの学校はワ クチンかプラシーボを割り当てられます。学校の看護婦、生徒はワクチンかプラシーボ かわからない状態にしておきました。結局 74%の生徒(保護者)が臨床試験参加に同 意し、ワクチンを投与したのは 690 校、88,000 人で、12 人(11 校)に髄膜炎の発生を みました。一方プラシーボは 645 校 83,000 人で、24 人(24 校)に髄膜炎の発生をみ ています。学校でランダム化を行なったため、学校を分母とします。すなわち 11/690 = 0.016 vs. 24/645 = 0.037 よって VE = 1 – (0.016/ 0.037) = 57% となります。 Fisher’s exact test において p = 0.012 で有意差を見とめています。しかし著者らは、 この 57%というVEを低いと評価しています。何故ならノルウエーでは年間髄膜炎発 症を僅か 200 人程度しかみとめないからです。 一方インドネシアでチフスに対する経口ワクチンが試され同じくVE=50%という 結果を得ました(Simanjuntak CH, et al. Oral immunization against typhoid fever in Indonesia with Ty21a vaccine. Lancet 338:1055-59,1991)。しかしインドネシアでは毎 年250,000のチフス患者の発症があり、50%でも行なう価値があると判断していま